ニューヨーク州司法試験「不合格体験記」

(2003年5月24日更新)

はじめに

ニューヨーク州司法試験については、ウェブ上を少し検索すれば、諸先輩方の合格体験記に触れることができる。自分も大いに参考にさせていただいた。が、力及ばず、自分は1回目の受験は不合格であった。その失敗を反省し、2回目の挑戦でようやく合格することができた。この経験を通じて、通常の合格体験記から得られる「これだけやったので合格した」あるいは「これだけしかやらなかったけど合格した」といった情報に加えて、自分が身をもって得た「これだけしかやれなかったので失敗した」という情報も、ひょっとしたら反面教師として有益なのではないか、と感じるようになった。そこで、自分がいかに失敗したか、その後どう改めたことによって成功を得たかについて、以下に振り返る。

背景

日本の某大学法学部卒。日本の司法試験等の受験経験なし。某民間企業に入社し、営業職を経験した後、法務部に異動。2年が経過したところで、米国の弁護士資格を取得するよう命ぜられ、西海岸の某ロースクールLL.M.プログラムに入学、修了。英語力はそのロースクールに辛うじて入学を認められる程度。

1回目 -2002年7月-

BAR/BRI

司法試験予備校。1月中旬に手続。当地では、ニューヨーク州の講座は当初より予定されていなかった。ロースクールの同級生が、人数を集めることによって、開講または何らかの便宜を図ってもらえないかとBAR/BRIと交渉したようであったが、結論は変わらず。元々の予定どおり、Home Studyとして講義CDで勉強することになった。講義CDの功罪につき後述。

ホテル・飛行機予約

2月上旬に手配。クラウンプラザホテル。

MPRE受験

ニューヨーク州司法試験に加えて要求される倫理試験。1月中旬に申し込み、3月上旬に受験。BAR/BRIの直前対策講座に、講義そのものよりも教材目当てで参加。直前5日間ほどは、ロースクールの勉強の手を休め、MPRE対策に専念した。問題演習においては、2時間で50問、すなわち1問あたり2.4分、というペースを強く意識した。結果はニューヨーク州の要求する85点(scaled)を無事クリア。

試験勉強・総論

5月下旬、BAR/BRIから教材が届く。ライブのコースは5月23日に、ビデオのコースは5月30日に開講していたのに対し、自分の通ったロースクールでは、6月16日が卒業式で、それまではずっと期末試験やレポートがあったため、BAR/BRIの教材には一切着手できなかった。短期決戦において、この約3週間の遅れは致命的で、具体的には問題演習不足という形で響いた。司法試験のためには、ロースクールの試験やレポートは、卒業できればいいや程度に手を抜くべきだったのかもしれないが、そこまで器用にはなれなかった。そもそも留学前にロースクールのスケジュールの詳細を確認すべきだったのかもしれない。尤も、見事合格を果たした同級生もいた。

試験勉強は、まずは計96枚の講義CDを聴くことを最優先にした。遅れを取り戻すべく、1日に2日分聴いた。講義CDは、リスニングに自信のなかった自分には、聞き逃したことを何度でも聞き返せる点は良かったが、同時にそれは、全体から見ればさほど重要でもない語句なのに、正確に聞き取れなかったことが気色悪くてつい何度も聞き返してしまい、それだけ時間を浪費する、ということももたらした。

講義CDを聴く際は、ハンドアウトが配布されている科目はそれに、ハンドアウトが配布されていない科目はコロンビアノートやキューノートなどと呼ばれる過去の合格者のノートを印刷したものに、適宜書き込むようにした。

自分ではノートを作らなかった。元々ノートを整理するのが得意ではなく、科目の全体像が頭に入っていない、そもそも時間もない、という状態では、自力でノートをまとめることは考えられなかった。これは正しかったと思う。自分のようなノート作りに自信のない人間が下手に作業をすると、綺麗なノートを作ること行為自体が目的と化して、気が付くと何も頭に入っていない、ということになりかねない。

そうして過去の合格者のノートを使わせてもらっているうちに、質にかなりのバラツキがあることに気付いた。作成者が使用している略語が気に入らなかったり、タイポ、スペリング間違い、文法無視の単語の羅列などなどが生理的に嫌になったりもした。しかしながら、事前に十分に比較検討するような余裕はなかったし、いったん使い始めたノートを捨てる勇気もなく、結局そのまま使い続けた。もっと早い時期に少し目を通して検討した上で、書体や書式等も自分の好みのものに変えてから印刷すれば良かった。

あるいは、ハンドアウトが用意されていない科目については、過去の合格者のノートよりも、いっそミニ(BAR/BRIのアウトライン)の該当ページを切り取って、それをノート代わりに使用するほうが良かったのかもしれない。そのほうが、目次もあるので調べ物をするときに探しやすい。実際、ノートだけでは余りに不足だと感じた科目については、ミニを切り取って、ノートと一緒に綴じておいた。ちなみにビッグ(同じくBAR/BRIのアウトライン)は、ご多分に漏れず殆ど参照せず。

過去の合格者のノートは、普通に片面印刷して綴じた場合、各頁の裏面が自由書き込み欄として使える点は良かった。

「英米法辞典」(東京大学出版会)を頻繁に参照した。

生活面では、住んでいる西海岸と試験会場の東海岸とでは3時間の時差があるため、試験勉強を開始した6月中旬の時点で時計を3時間早めた。午前3時起床、朝食、9時に昼食、午後3時に夕食、10時には就寝、という具合に。これだとまともな社会生活が営みにくく、例えば人から食事に誘われたときなどに困るが、それでも試験開始時刻である西海岸時間での朝6時には100%目が覚めて頭が冴えた状態にしておかなければならないし、試験の真っ最中に便意や尿意を催しては一大事なので、この東海岸時間での生活は徹底した。

MBE対策

複数の州で採用されている多肢選択式試験。講義CDを聴くことに追われ、ろくに問題演習ができていないままの状態で、7月上旬にBAR/BRIのSimulated MBEに挑戦。初めて3時間100問×2セットを体験。60〜70問やり残してしまい、しかも正答率は3割そこそこ。全くの出鱈目でも確率的に2割5分は正解するだろうに、この結果に呆然とした。

その後もエッセイ対策等の時間的な兼ね合いもあって、結局MBE対策としては合計418問しか問題演習をすることができなかった。講義CD等の教材から情報を頭にインプットすることで精一杯で、それをいかにアウトプットするかという訓練が足りなかった。

エッセイ対策

ニューヨーク州独自の論述式試験。BAR/BRIの教材全108問中48問こなした。各問に取り組む際には、BAR/BRIで指示される「CIRAC」(Conclusion, Issue, Rule, Application and Conclusion)の構成に合わせて、Conclusionはこうだ、Issueはこれだ、と簡単なメモを作成する程度にし、後は模範解答を読み込み、更にノートの該当箇所を確認するようにした。

現実的には、出題されるのは、中途半端に知っているだけの微妙なところや、全く知らないことだったりするわけで、少々勉強したところでこの状況が劇的に改善されるわけでもない。そこで、Ruleを適当にでっち上げてでも「CIRAC」の構成でメモを作成するよう心掛けた。これは本番でもそれなりに生きたと思う。

MPT対策

複数の州で採用されている試験で、法令・判例等の素材が与えられた上でメモランダム作成等の課題に答える。BAR/BRIの教材全18問中10問こなした。何せ題材を読むのが自分には苦痛で、複数の判例を与えられると、頭の中で話がいろいろ混じってしまったりもした。

NYMC対策

ニューヨーク州独自の多肢選択式試験。上記の対策もままならないのに、NYMCに割いている時間はなかった。BAR/BRIの教材全234問中56問だけ。

本番

前週の土曜日に移動。西海岸からだと移動だけで1日仕事。未知の土地なので、下見等の現地直前対策に日曜日、月曜日の2日を充てられるようにした。たいていの教材は持参した。万一の紛失事故に遭わぬよう、荷物はすべて機内持ち込みにしたが、カバンは重いし大きいしで、それはそれで大変だった。気候は、西海岸からだと特に蒸し暑く感じた。

オールバニーは小さい町で、ホテルの周りにはあまりお店もなく、しかも着いた翌日は日曜日で、殆どのお店が閉まっていた。食事に時間を掛けたくなかったので、専ら近くのベーグル屋やサブウェイを利用。試験当日の朝は、予め近くのRite Aidで買っておいたカップヌードル(部屋のコーヒーメーカーでお湯を調達)やクッキー等を食べた。ホテルが受験生向けのルームサービスをするというので、いちおう申し込んでおいたが、時間どおりに来ず、いよいよ出かける直前になってようやく届くような始末。ルームサービスだけを頼りとしていた人にとっては災難だったろうと思う。試験当日の昼食は、会場(エンパイアステートプラザ)にはマクドナルドやデリもあったが、並ぶ時間が惜しかったので、カロリーメイトを持参した。

1日目午前(9:00-12:15) NYMC50問 + エッセイ3問
NYMC50問に60分、エッセイ3問に各45分、という順序及び時間配分で臨むが、さっぱり分からないNYMCにてこずってしまい、60分で30問ほどしか進んでいないまま、エッセイに移った。エッセイは前述のとおり、とにかく「CIRAC」の構成に固執した。

1日目午後(1:30-4:30) MPT1問 + エッセイ2問
MPTに90分、エッセイ2問に各45分、という順序及び時間配分で臨むが、元々MPTに苦手意識があったので、程々のところでMPTを中断してエッセイを先に片付け、残った時間で再びMPTの答案を書けるところまで書いた。

2日目午前(9:00-12:00)・午後(1:30-4:30) MBE100問×2
30分で17問というペースの維持に努め、30分経過ごとに未消化の問題は捨て、次の17問のかたまりに取り組むようにしたが、午前・午後で、それぞれ確か10問くらいずつやり残し、出鱈目にマークしたように思う。

結果

淡い期待を抱いていたが、甘くなかった。1000点満点で660点という合格ラインに対し、あと一歩届かなかった。エッセイ・MPTは思った以上に点数をもらえていたが(とはいえ素晴らしく良くもなかったが)、MBEが伸び悩んだことが直接の敗因となった。あと数問でも正答できていればぎりぎり合格ラインに達したと思われ、大いに悔やまれた。思えば大学受験のときも、多肢選択式試験が苦手、自由に書ける論述式試験のほうが好きで、センター試験より二次試験の配点が高い大学を選んだのだったが、NYバーはMBEの配点が高く、苦手の多肢選択式試験から逃げることができない。

しかしながら、失敗に終わったものの、Simulated MBEと比べると大幅にMBEの得点は上昇したし、また、1度実際に受験し、詳細な得点結果を受け取ったことで、試験のおおよその加減というものが初めて把握できたことの意義は大きかった。2回目の挑戦のときには、「1回目は失敗だったけど、あれは模擬試験のようなもんで、次こそが本番」と考えた。


2回目 -2003年2月-

ホテル・飛行機予約

11月下旬、不合格を知った直後に手配。再びクラウンプラザホテル。今度は滞在を1日短くし、日曜日に現地入りすることにした。

試験勉強

12月中旬から本格始動。但し年末年始に10日間ほど一時帰国もした。その後、再び時計を3時間早めての生活。

教材は、手付かずのところを多く残していたBAR/BRIの問題集を引き続き使用した。加えて、MBEの演習不足が敗因との前回の結果を踏まえ、MBE専門予備校・PMBRの赤本、青本及びEarly Bird教材も入手した。ノートは前回と同じものを使用したが、適宜、ミニを参照する機会を増やした。

MBE科目のノートを見直して、全体像の再把握に努めた後、問題演習に当たった。その際には、やはり1問あたり1.8分ということに注意した。一度に多くの問題を解いてしまうと、復習の際に、どんな問題だったっけと再び問題文を読むことになり、時間を浪費してしまうので、主に18分10問や9分5問といった単位で挑んだ。本番同様の3時間100問×2セットにも3度挑戦。そのうちの1度、会場まで片道4時間かけてPMBR模試を受験しに行ったのは、良い気分転換にもなったと思う。MBE対策としては計1708問こなした。

エッセイ及びMPTは前回と同様のレベルを維持することに努め、対策も特に変えなかった。前回よりやや少なく、エッセイ43問、MPT8問をこなした。PMBRのMPT対策本も入手していたが、着手せず。

それなりにNYMC対策も行い、前回のやり残し178問を終わらせた。これはエッセイのための論点整理という点からも良かったと思う。

本番

西海岸にいると雪を意識することは殆どないが、本番が近付くにつれ、これがいちばん心配になった。万一の場合には、飛べるところまで飛んで、後は鉄道で移動、ということも視野に入れていた。結局、飛行機は無事に飛んでくれたが、もう少し移動予定に余裕を持たせておいたほうが良かったかもしれない。不慣れな零下の世界に少し緊張した。食事は前回とほぼ同様。

1日目午前
前回の反省から、NYMCに時間を浪費することのないよう、NYMC25問に30分、エッセイ3問に45分ずつ、そしてNYMC残りの25問に30分、という順序及び時間配分にした。この結果、全問回答できた。

1日目午後
前回とは順序を変え、先にエッセイ2問を45分ずつで片付け、残りの90分でMPTを書けるところまで書いた。

2日目午前・午後
MBE100問×2は、やはり30分17問ペースの維持に努め、今度は全問回答できた。

結果

合格。

その他

MBEの回答用紙には、ニューヨーク州のコード「33」、生年月日、ソーシャルセキュリティナンバー、座席番号をマークし、裏面の所定の枠内に、「The jurisdiction code for New York State is 33.」と記入するよう指示された。塗り潰す枠はほぼ円形で、縦に20問分ずつが5列並んでいた。






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